さんくゆーは自分的にハウディーイメージだったのですが、
最近になってこの曲は物凄いギアクラソングなのでは、と思い始めました。
ハウディーの場合は「泣かないんだろうなあ」と思ってるけど
どんな反応をするのかと本気半分面白半分にハウエンクアが聞いてる感じ、
ギアクラの場合は相手が悲しむし困るのを解ってる上でギアンが聞いてる感じ。
全編通してそれっぽいんですが特に「どうしたら神にすぐなれる」とか「そばにいてぼくの味方になって」とか辺り神懸かってギアクラじゃないですか。
あの歌はとてもいいヤンデレ攻めの歌だと思う。
ハウディーとギアクラは私の中では共にヤンデレ依存攻め×許容受けという認識なのですが、
同じヤンデレ攻めでもハウディーとギアクラの大きな違いは、
そこにDVが入るか入らないかだと思ってます。
ギアンがクラウレを調教(違)するまでのエピソードは本編中では語られておりませんが、
番外編での二人が初めて出会った時には敵対する立場、
しかもクラウレは別の主に忠誠を誓っているのだから、
初めからクラウレがギアンにゾッコンラヴだった訳では当然ありません。
散り散りになった御使いをそれぞれ追う中で、
セイロンいわく「一番裏切ることはないだろうと思っていた」と言われる程守護竜の信頼厚いクラウレを、
あそこまで自分に忠誠を捧げさせるように、つまりギアン自身が動いた訳です。
「本当に傍にいてほしい人にしか話さない」過去の話もした訳です。
カサス、レンドラー、ゲック達にも話してないのに。
仲間内で一番出会ったのが遅かったのに。
ライやエニシアと違って同じ響界種でもないのに。
ここまで行くとお互いに一目惚れしたというのが正しい馴れ初めに思えてきますが、
実際それを自覚済みなのはクラウレだけで、
ギアンの方は自分がどうしてクラウレにそこまでしてしまうのか解ってないと思います。
個人的に、ギアンは過去が過去だから
自分を信じて全肯定してくれる相手に救われてる部分依存している部分があるんだけど、
根強いトラウマによる人間不信により、実際自分がどこまで相手を信じているのか、
というか信じていいのか、を常に疑ってるイメージ。
人を道具としか思ってなくて、
刃向かわれたら切り捨てる精神のギアンがもし裏切られたらのことを不安に思うっていうのは、
つまり自分の中でそれだけ相手の存在が重くなったってことの裏返しなんですが。
相手に裏切られたら絶対自分が傷つくから、
だから自分が相手を信じすぎないように自制したり、
あっちから嫌われて見捨てられることを怖がるあまりに自分から嫌われるようなことをして、
それでも相手が自分を好きでいてくれるか試したりするんですよ。
で、クラウレの方はと言うと、
はぐれの子孫ではあるけど、妹の面倒を見ながら真面目に成長し、
御使いの長になって皆の信頼や尊敬を受け、と健全に育ってきた人なので、
まずギアンの自己不信と他者不信からくる疑心暗鬼精神が根本的には解らない。
でも解らないなりに「ここで抵抗したら相手が傷つくんだろう」とは察してて、
半ば殺されかけで本気で抵抗すれば余裕で逃げられるような状況でも無抵抗で受け入れる訳ですよ。
元々誰かの面倒を見たり尽くす性質の人だから、
「この人には俺がいないと駄目なんだ」って人を見捨てられなさそう。
で、抵抗されないことやそんなことをした後でも変わらず自分の傍にいてくれることへ安堵しつつも、
そのことによりどんどん自分の中でクラウレの存在が重くなって、ますます不安が増すという悪循環。
この二人がまっとうに両想いになれるのはエンディング以後の話になるでしょう。
お姉さんセイ×クラ派でもあるからエンディング後のギアンは
それまで独り占めしてた分を逆襲されるようにセイロンに邪魔をされればいいと思う。
なんかギアンって想い自覚したら途端にヘタレになりそう。
御使いーズと仲良く話してるクラウレに話しかけずらくなってる様が目に浮かぶ。
長い。
この調子でDVとハウディーについても語ります。
拍手ありがとうございました!!